ストーリーテリングとは、単に商品の機能やスペック(性能)を説明するのではなく、その背景にある「想い」や「誕生秘話」「世界観」といった物語を伝える方法です。
今の時代、世の中にはモノや情報があふれています。たくさん商品が並ぶ中で、「機能が良い」「価格が安い」という良さだけを伝えても、なかなか消費者の記憶に残るのは難しいでしょう。
例えば、「このジュースはビタミンCが豊富です」と伝えるのが「商品説明」です。それに対して、「このジュースは、農家の方が家族の健康を願って、3年かけて無農薬で育てた特別なリンゴで作りました」と背景を伝えるのが「ストーリーテリング」です。
商品説明が「頭(理性)」に訴えるのに対し、ストーリーテリングはブランドの文脈(背景)を伝え、「心(感情)」に響かせる点で大きく異なります。
消費者がお店で商品棚を見たとき、一番最初にブランドと出会う場所、それがパッケージデザインです。
多くの人は、そのパッケージを見て「これは自分に合っているかな?」「なんだか良さそう」と、ほんの数秒で判断しています。パッケージは、商品をただ包むための「入れ物」ではありません。それはまるで、ブランドの「顔」であり、その人柄をあらわす「服」のようなものです。
パッケージデザインは、ブランドが大切にしている価値観を言葉にしなくても伝える、とても強力なコミュニケーションの道具なのです。
では、パッケージに物語を込めると、どんな利点があるのでしょうか。主なメリットを3つ紹介します。
ストーリーは、消費者の感情に訴えかけ、強い共感を生み出します。
商品の「便利さ」や「品質の高さ」といった機能的な価値も、もちろん大切です。しかし、ストーリーを通じて「これを使っていると気分がいい」「このブランドの考え方が好き」といった情緒的な価値(感情面での満足)を届けることができます。
ブランドの背景にある物語に共感した消費者は、単なるお客さんから、そのブランドを応援してくれる「ファン」へと関係性が深まっていくでしょう。
物語は、他の似たような商品との「違い」をはっきりと示してくれます。
モノがあふれている現代では、お店に機能や見た目がそっくりな商品がたくさん並んでいます。価格もあまり変わらない場合、消費者は「どれを選べばいいか」と迷ってしまいます。そのような時、パッケージに込められた「開発者の想い」や「素材への特別なこだわり」といったストーリーが、消費者の「これを選ぶ理由」になるのです。
他の会社には真似できない、そのブランドだけの物語こそが、競争の激しい市場での強力な武器となります。
人は、単なるデータ(情報)よりも、「物語」として聞いた方がずっと記憶に残りやすい性質を持っています。
私たちの脳は、数字やスペックの羅列よりも、物語として情報を整理する方が得意だからです。ブランドのストーリーは、消費者の心に長く残りやすくなります。
さらに、心が動かされるストーリーや、見た目が「エモい(感情を揺さぶる)」パッケージは、消費者が「これを誰かに見せたい」「教えたい」と感じるきっかけになります。これは、写真や動画を共有するSNSでの拡散(UGC=ユーザーが作るコンテンツ)と相性が良く、多くの人にブランドを知ってもらうチャンスにもつながるのです。
それでは、実際にどのようにして物語をパッケージデザインに落とし込んでいけばよいのでしょうか。ここでは、5つの具体的なステップに分けて解説していきます。
デザイン作業に取り掛かる前に、最も重要なのは「なぜ、このブランドは存在するのか?」「なぜ、この製品を作ったのか?」というブランドの核となる部分(Why)を深く掘り下げることです。
この「Why」が、これから語るストーリーの源泉(みなもと)となります。ここが曖昧なままでは、人の心を動かす物語は作れません。創業時の秘話、開発中の苦労話、社会のどんな問題を解決したいのか、未来に向けた夢(ビジョン)など、すべてが物語のタネになります。まずはブランドの「原点」を見つめ直すことから始めましょう。
ブランドが語る物語を、「誰に」届けたいのか、つまりターゲット顧客をはっきりさせることが大切です。
ターゲットを明確にすることで、その人の心に最も響くストーリーの「語り方」が見えてきます。ここでのポイントは、お客さまを「物語の主人公」として捉えることです。その主人公が抱えている悩み(課題)や、叶えたい願い(願望)に対して、このブランドがどう応えられるのか、という視点で物語を組み立てます。
ステップ1で定義したブランドの「Why(なぜ)」を、目に見える形や手で触れられる感覚といった、具体的なデザイン要素に「翻訳」していく作業です。
ストーリーは言葉だけで伝えるものではありません。デザインは、言葉にしなくても直感的に物語を伝える力を持っています。人は五感(視覚、触覚など)で情報を感じ取ります。それぞれの要素がどのようにストーリーを伝えられるか見てみましょう。
目から入る情報は非常に強力です。例えば、地球環境に優しいオーガニックなストーリーを伝えたいなら、アースカラー(茶色や緑など自然を感じさせる色)や、温かみのある手書き風の文字(タイポグラフィ)が合っています。
逆に、最先端の技術といった革新的なストーリーなら、シャープで角のある形や、無駄をそぎ落としたシンプルなデザイン(ミニマルデザイン)が効果的でしょう。
手に持った時の感覚も、大切なメッセージを伝えます。例えば、高級感を伝えたいなら、少し重みのあるしっかりした素材や、滑らかな手触りが有効です。エコ(環境配慮)な姿勢を物語るなら、再生紙を使った少しザラザラした質感が「誠実さ」や「本気度」を伝えてくれます。素材の手触り自体が、言葉以上に品質やブランドの姿勢を語るのです。
パッケージ本体のデザインだけでなく、消費者が商品を手にして「開ける瞬間」の体験(アンボックス・エクスペリエンス)まで含めて設計することが重要です。
商品を開ける時のワクワク感は、ブランドへの好感を高める絶好のチャンスとなります。フタはスムーズに開けやすいか、開けた時に見える内側のデザインはどうか、製品が最初に見える角度は美しく配置されているか。こうした細やかな工夫が、消費者に感動や驚きを与え、ブランドの物語をより印象的なものにします。
最後に、パッケージデザインで語っているストーリーと、他のすべての場所で発信する情報に「一貫性」を持たせる必要があります。
消費者は、パッケージだけでなく、WebサイトやSNS、お店の広告や店員さんの言葉など、様々な場所(チャネル)でブランドに触れます。もしパッケージが「エコ」を語っているのに、Webサイトが派手で豪華すぎたら、消費者は「どっちが本当なの?」と混乱してしまうでしょう。
それぞれの場所で触れる断片的な情報が、消費者の頭の中でパズルのようにつながり、一つの大きなブランドの物語が完成していく。そんな体験を設計することが理想です。
パッケージデザインにストーリーテリングを取り入れることは、単に商品をきれいに見せるための「装飾」ではありません。それは、情報があふれる現代において、消費者の「心」と深いつながりを築き、競合他社ではなく「あなた(のブランド)だから選びたい」と思ってもらうための強力な戦略です。
創業者の想いや開発の背景にある物語は、機能や価格だけでは測れない特別な価値を生み出します。もし「自社のブランドの物語をどうデザインに落とし込めばいいか分からない」と難しく感じる場合には、プロのパッケージデザイン会社に相談し、力を借りるのも一つの良い方法でしょう。ストーリーの力を活用して、顧客から長く愛され、選ばれ続けるブランドを目指しましょう。